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マギ159夜感想

ライラとサアサだけじゃなく共に砂漠越えをしたキャラバンの人達もアラジンの出会った人の中にいましたね。
作中では殆んど出番がありませんでしたが、あの人達と一緒にいた時間は結構あるはずなんですよね。

「君たちは愛する者とは違うのだ」
バルバッド編ではアリババとカシムの違いについて、マグノシュタット編では魔導士と非魔導士の違いについて描かれています。この「他者との違い」というのは「マギ」のテーマの一つのようですね。
このテーマは戦争ものでは割とよくある気がします。争いというものが他者との違いから来る事が多いので、どうして争うかを突き詰めて行くとこのテーマになりやすいのでしょうね。

「とある人の不貞の有無の検証にちょっとね」
不貞なんて言葉は昔のアラジンだったら使わなかったでしょうね。こんな言葉からアラジンの成長を感じられるのはなんだかなぁという気がします。
真剣な表情のまま変な事をアラジンが話すので、スフィントスはまた「???」となっていました。ティトスとアラジンの会話の時もそうでしたが、スフィントスは会話でよく置いて行かれますね。
学長の使った「遠隔透視魔法」はかなり高等な魔法のようですが、そんなものを使えたヤムさんはやっぱり天才だったんですね。

「その目で見なさい。ゴイが支配する国に生きたとある魔導士の運命を…」
映し出されたのは70年前の学長。この時に娘がいたという事はモガメット学長は現在90歳以上ですかね。
70年前の魔法は命令式の体系化が不十分で、魔導士への負担が大きかったようです。
それにも関わらず王家が権力のもと強制的に魔法を使わされた所為で、モガメットの妻は魔力切れで亡くなったそうです。これは五等級国民より酷い扱いですね。五等級の大人達は無能だったからあの扱いになっていますが、昔のモガメット達はそれとは事情が違います。

「えらくなったものよのう」
国民に感謝される魔導士をよく思わない王の側近達。魔導士の立場がよくなれば自分達の地位が脅かされるので、こういう人達も当然いるでしょうね。
魔導士が活躍した場合、実力主義のシンドリアなら扱いが良さそうですが、バルバッドだとムスタシムと同じような事になりそう。

今週の話を読んだ感じだと魔導士を魔法によって洗脳しているという線はほぼ消えましたね。
少なくとも白だったものを黒に変える程の魔法による洗脳はなさそうです。
あの映像を見てしまえば非魔導士からチヤホヤされる事にも違和感を感じなくなるでしょうし、マグノシュタットのやり方に不満を持つことはなくなるでしょう。

モガメット学長が堕転していないことが恐ろしい。
妻が死んでしまい娘も恐らく酷いことになったはずなのに運命を呪っていない。
マグノシュタットであんな事をしていながらカシムやドゥニヤと違って堕転していないということは、モガメットは正しい方法で運命を乗り越えている事になるんですよね。
堕転を否定するだけではモガメットの行為を否定出来ない。アラジンはこれに対してどう立ち向かうのかが気になります。
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